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 二月三日の節分会では、大勢の芸能人が豆まきをすることで有名な成田山新勝寺、ここの本尊は「不動明王」です。東京では、おばあちゃんの原宿と言われている、巣鴨のお不動さんも有名になっております。京都では東寺さんの不動明王が有名ですね。
 ここ天龍寺にも「お不動さん」の愛称で呼ばれております不動明王が1体、嵐山の守り神であり、不動明王とたいへん似ております「蔵王権現」が1体おられます。天龍寺に入ってこられて最初の建物が法堂で、その法堂、向かって右側の開山夢窓国師の隣に鎮座するのが蔵王権現像で、その次の建物、大方丈の正面左奥の曹現池に面する所にあるのが、一幅の不動明王絵図であります。明王はもともとバラモン教からヒンドゥー教に移行した神様で、ヒンドゥー教の最高神とされるシヴァ神として古代インドで絶大なる人気を得たのが、この不動明王の原型と言われております。

 燃え上がる火炎の光背を背負って、右手には「悟りの智慧」を表す剣を持ち、左手には煩悩を絡め取る羂索(けんじゃく)と呼ばれる投げ縄を持っております。また両目はわざと大きさを変えて、片目は薄く、片目は飛び出さんばかりに大きく見開いて凝視し、歯は上下に口からはみ出した乱杭歯が飛び出ております。そのすさまじい形相は子供だけでなく、大人までもが震え上がらんばかりです。

 平成28年5月にアメリカはシカゴに行ってまいりました。出発の数日前には天皇賞があり、北島三郎所有の「キタサンブラック」が武豊騎手で勝ったばかりでした。そして私が搭乗する同じ便で、武豊一行が乗っていたのです。なぜだろうと考えてみたら、その数日後に世界的に有名なケンタッキーダービーがあり、それを見に来ていたのかなと、考えておりました。武一行は乗り換えでいなくなり、私自身シカゴに降り立つのは何年ぶりでしょうか。最後にシカゴに来たのは、ただ乗り換えで空港に降りて、大きな空港の中を次の飛行機に乗るために、500m近く走ったのを覚えているだけでした。そんなシカゴに降り立って、まずはダウンタウンに地下鉄で向かいました。初めての場所で公共交通機関に乗るのは、うれしくもあり、不安でワクワクしましたが、ダウンタウンに向かう地下鉄は人種のるつぼの中を走って行くんです。それも聞いたこともないような言葉で話す人がたくさん乗ってきたり、降りたりして本当にここがアメリカだとは考えられない程でした。ダウンタウンに着いてホテルに向かうまでも、多くの観光客や街の人達に逢いましたが、西海岸とはまったく違った雰囲気を感じました。
 シカゴは歴史的にも西海岸より80年も100年も古くから栄えた街で、アメリカに編入される(1783年)以前から入植者が入り栄えていた街です。また、ここシカゴは1893年万国博覧会が開催され、その中の世界宗教者会議において日本から3名の代表団がシカゴ入りし、中の一人、鎌倉円覚寺管長釈宗演老師が日本の禅について大いに語り、それに興味を持った出版社からの依頼で、4年後には鈴木大拙氏が海を渡ることになったという地でもあります。鈴木大拙氏は数々の本を翻訳し、その後30数年にわたって禅というものを、アメリカ、ヨーロッパに布教伝道していったのです。インドから中国に伝わり、日本に伝わった禅が今やアメリカ、ヨーロッパにまで伝わっております。
 シカゴの地に降り立った時に、なんだかそんな思いもあってか、この地に降り立って、当時の最先端技術を駆使して造られた多くの高層ビルを見上げて、そんなシカゴの街中で、大きな白人に囲まれて日本の代表団は、いかに堂々と自分を主張し、日本の宗教というものを欧米の人々に知らしめたのか。また、禅に関心を持ち、アメリカ人に感銘を与え、鈴木大拙を送り込むことになったのか。このシカゴという街から、欧米への伝道が始まった事を考えると、同じ街に降り立った私は、強い感動を覚えました。

 それは、3000年以上前、不動明王がバラモン教の神であったものが、ヒンドゥー教の最高神シヴァとなり、それが仏教の守護神として取り入れられ、中国に伝わり、また日本に伝わると、大日如来の使者としての役目も負うようになりました。庶民の身近な仏として一般大衆の支持を受けて、特に武家の多かった関東で多くの信者を集めるようになります。それがいまだに多くの人々を引き付けるものを持っているのは、歴史の重みと人々に支えられた信仰心のたまものではないかと考えます。
 不動明王にしても形相こそ恐ろしいものがありますが、その実、邪悪なものを悟りの剣でなぎ倒し、投げ縄で煩悩を絡め取ってくれる、我々、庶民にとっては仏教を守護してくれる正義の味方なのです。